●ストレッチについて、その1
(ストレッチはパフォーマンスを低下させるか?@)
■はじめに
「ウォーミングアップではストレッチングを行うべきでないのか?」ストレッチングは一般的に運動前のウォーミングアップ時に行われてり、その主たる目的は柔軟性の獲得と怪我の予防である。
ストレッチング方法には大きく分けて静的と動的の2種類あるが、反動をつけることなしに関節を一定の角度で数十秒間保持する静的ストレッチングのほうが、より一般的である。
しかしながら、近年、運動前のウォーミングアップ時に静的ストレッチングを行うべきでないという知見が複数報告されている。
そのきっかけとなったのは、Kokkonen
らによる1998年の論文である。彼らは静的ストレッチングによりその後の発揮筋力が低下することを報告した。
その後、同様の結果が多数報告されたことを受け、2006年の
The European College of Sports
Sciences (ECSS) Position Statement、2009
年 の American College
of Sports Medicine (ACSM) Guidelines for Exercise Testing and
Prescription Eight Edition において、静的ストレッチングは運動前でなく運動後に行うことが推奨された。
2010年以降、ストレッチングとその後の運動パフォーマンスに関するレビューは毎年報告されており、ウォーミングアップで静的ストレッチングを行うべきかどうかが議論されているが、現在でも明確な結論は示されていない。
そこで、本発表では静的ストレッチングがその後の運動パフォーマンスにどのような影響を及ぼすのか、これまでに報告されたレビューの結果を紹介する。また、それらの影響が実際の運動現場で考慮すべきレベルの問題かどうかについても考察する。
■静的ストレッチングが最大筋力、パワーに及ぼす影響多くの先行研究では、静的ストレッチング後に筋力または筋パワーが有意に低下したことを報告している。
また、メタアナリシスの結果によれば、静的ストレッチングは筋力を5.4%低下させるが、筋パワーについてははっきりとした結果が得られていない。
さらに、等尺性筋力では6.5%
の筋力低下が見られ、特に筋長が短くなる関節角度(足関節底屈筋力発揮の場合、足関節底屈位)での力発揮において筋力が低下しやすい。
一方、動的筋力は低下率が低いものの3.9%低下することが報告され、また、関節速度に関係なく筋力は低下する傾向がある。
このような筋力または筋パワーの低下は総ストレッチング時間の影響を受け、総ストレッチング時間の増加に伴いパフォーマンスの低下率も増加する。
【さらに、総ストレッチング時間が46秒以上になると筋力低下の可能性が非常に高くなるが、筋パワーについてははっきりとしていない。】
【《ここから超重要!》このようなストレッチング後の筋力低下の持続時間は短いようである。下腿部に対して5分間の静的ストレッチングを行った前後で底屈筋力は10%程度低下しその影響は5分後まで持続するが、10分後には有意差がなかった。
つまり、ひとつの部位に対しての総ストレッチング時間が5分であったとしても、筋力低下は10分以内に戻るのである。上記をまとめると、急性の静的ストレッチングは最大筋力を低下させ、その影響は等尺性筋力において顕著である。
また、ストレッチング時間が長くなるほど筋力低下の可能性は高くなる。筋力の低下率は10%程度であり、短時間で元に戻る。
ただし、我々が一般的に行っているストレッチング時間は10〜20秒程度であり、先行研究で用いられているストレッチング時間よりもかなり短いため実際に筋力低下が起きる可能性は低いであろう。】
『ストレッチングの有効性と有用性』水野貴正
●ストレッチについて、その2
(ストレッチはパフォーマンスを低下させるか?A)
■静的ストレッチングが瞬発的な能力に及ぼす影響
静的ストレッチングがジャンプ高に及ぼす影響を検討した先行研究の多くは有意なジャンプ高の低下を報告しているが、スプリントタイムへの影響を検討した先行研究の多くは有意な変化を示さなかった。
また、ジャンプ高の低下はスクワットジャンプ、カウンタームーブメントジャンプにかかわらず報告されている。
メタアナリシスの結果、静的ストレッチングにより力発揮速度は4.5%低下、ジャンプ高やスプリントタイムも1.6%低下したことから、これらのパフォーマンスは静的ストレッチングにより不利益を受ける可能性が高い。
一方、投げ能力への影響ははっきりとしていない。また、総ストレッチング時間が46秒以上になるとこのような不利益を受ける可能性が高くなる。
■静的ストレッチングが持久的能力に及ぼす影響
静的ストレッチングが持久的能力に及ぼす影響を検討した先行研究は少なく、はっきりとした影響が明らかとなっていない。
しかしながら、静的ストレッチングが持久的能力に変化を与えなかった、または有意に低下させたことを示す報告はあるものの、有意な向上を示した報告はない。したがって、静的ストレッチングは持久的パフォーマンスを損なう可能性があると考えられる。
■静的ストレッチング後のパフォーマンス低下を説明する仮説
静的ストレッチング後のパフォーマンス低下を説明する要因は、機械的要因と神経的要因の2つである。
機械的要因では、静的ストレッチング後の筋腱スティフネスの低下によって、神経的要因では静的ストレッチング後の筋活性の低下によってパフォーマンスの低下が説明されている。
どちらの要因がパフォーマンス低下の主要因かは今後の検討課題である。
■まとめ
本発表では、静的ストレッチングがその後の運動パフォーマンスにどのような影響を及ぼすか、レビューのデータを中心に紹介した。
静的ストレッチングは筋力やジャンプ高、スプリントタイムにおいて不利益を及ぼす可能性が高く、ストレッチング時間を長くするほどパフォーマンスの低下率も大きくなる。
このようなパフォーマンス低下はアスリートにとって大きな問題になるであろう。しかしながら、普段一般的に行われている程度のストレッチ時間(ひとつの部位に対して10〜20秒)であればパフォーマンス低下の可能性は低く、また、パフォーマンスが低下してもその持続時間は短い。
そのため、主運動のどれくらい前に静的ストレッチングを行うのか考慮することで、不利益を受ける可能性を低くすることができる。
また、趣味で運動を行っている運動愛好家にとって、この程度のパフォーマンス低下はそれほど気にする必要がないと思われる。
【静的ストレッチングには柔軟性増加などのポジティブな面もあるので、選手や指導者は短絡的にウォーミングアップから静的ストレッチングを取り除くべきでない。
何を目的としてストレッチングを行うのか、他のストレッチング法やウォーミングアップ種目とどのように組み合わせるのかを考えた上で静的ストレッチングを実施、指導すべきである。】
『ストレッチングの有効性と有用性』水野貴正
●ストレッチについて、その3(ストレッチはパフォーマンスを低下させるか?B)
■まとめ
トレーニング前のストレッチについてはさほど気をするほどではないようです。むしろやるメリットのほうが多いかと。
トレーニング前のアップとストレッチ方法として、オススメは、ザカゼフスキー博士の段階的速度によるストレッチング・プログラムです。
静から動、狭い可動域から大きな可動域に段階的に進めていくので、怪我のリスクも少ないですし、少しずつ使える可動域を広げていくことが出来ます。
■ザカゼフスキー博士(James
E. Zachazewski)による、段階的速度によるストレッチング・プログラム(P.V.F.P=progressive
velocity flexibility program)。
・Static
Stretching(SS) : 静的ストレッチング
・Slow
Short End Range(SSER): 低速・短端域
・Slow
Full Range(SFR): 低速・全可動域
・Fast
Short End Range(FSER): 高速・短端域
・Fast
Full Range(FFR): 高速・全可動域.
「運動選手は、活発刺激をコントロールする環境において、低速度から高速度へ移行する活動へと移っていく。
静的ストレッチングの後、低速・短端域(SSER)→低速・全可動域(SFR)
→高速・短端域(FSER)
→高速・全可動域(FFR)の順に行う。
動きのコントロールと可動域は選手に任せる。外部からの補助はかけないようにする。」
この段階的プログラムを用いることによって、筋肉と筋腱結合部が機能的なバリスティック動作へ段階的に適応する、これによって傷害へのリスクを軽減させることができる。
『ストレッチングマニュアル』 マイケル・J・オルター著 より
■これを踏まえた上で、トレーニングに入るまでの流れとしては
@5−10分程度のウォーキング、エアロバイク(ジムに着くまでに十分に歩いている場合は必要ないかも)
A短縮した部位の静的ストレッチ、伸張した部位の収縮(負荷はかけなくても良い)
B軽めのダイナミックウォームアップ(ex:指の曲げ伸ばし、手首回し、肩回し、膝上げ、ランジ各方向、自重カーフレイズ、ツイスト、ジャンプ、スクワット、首回しなど)
C軽めの重量でトレーニングのウォームアップセット(この時点で違和感が消えない場合はその日その種目は止めておいたほうが良いかもしれません)
Dメインセット
という流れ(↑かなり入念にやった場合)でやると良いでしょう。
トレーニング時間が限られている場合は、時間を逆算し、優先順位の高いものから行っていくことをオススメします。
●ストレッチについて、その4
■アスリートの骨格筋スティフネス(固さ)
■骨格筋スティフネスと競技パフォーマンス
スポーツの現場では,優れたパフォーマンスを発揮したアスリートに対して,「“バネ”がある選手」と表現することがある。
ここで表現される“バネ”とは,主にアキレス腱や膝蓋腱等腱組織が引き伸ばされて縮む動態を指すことが多いが,筋も伸び縮みをする“バネ”の役割を果たす。
また,スポーツの現場では,アスリートの筋について「軟らかくて良い筋」等と表現することもある。しかしながら,実際にアスリートが高いパフォーマンスを発揮するうえで,“バネ”となる筋が軟らかい方が良いのか,硬い方が良いのかについてのエビデンスは皆無であった。
そこで筆者らは,陸上短距離走選手
22 名及び長距離走選手
22
名を対象に超音波せん断波エラストグラフィを用い,筋スティフネスと競技パフォーマンスとの関係についての調査を行った。
筋スティフネスの測定対象は外側広筋(大腿四頭筋構成する筋の一であり,短距離走選手では速筋線維が多く,長距離走選手では遅筋線維が多いことが数多くの先行研究によって報告されている)とした。
【その結果,短距離走選手においては,筋スティフネスと100
m 走タイムに有意な負の相関関係が認められ(図
2
左),硬い筋を有する選手の方がパフォーマンスが高い(タイムが良い)ことが明らかとなった。一方,長距離走選手においては,軟らかい筋を有する選手の方がパフォーマンスが高かった(図
2 右)。】
すなわち,アスリートが高いパフォーマンスを発揮する上で,硬い筋が適しているのか,軟らかい筋の方が適しているのかは,競技種目特性によって異なることが明らかとなった。
このようなアスリートの競技種目特異的な筋スティフネスの特徴は,日常的なトレーニング等の影響を受けると考えられる一方,筆者らは遺伝的な要因も影響を及ぼしていることを明らかにしている。
例えば,運動能力に影響を及ぼす遺伝子の代表例としてaアクチニン3(ACTN3)遺伝子があり,ACTN3
遺伝子には RR 型,RX
型,XX 型の 3
種類がある。
RR
型と RX
型の人は瞬発系の能力に優れ,競技レベルの高い短距離走選手になれる可能性が高い一方,XX型の人はトレーニングを積んでも100m走で10
秒4〜5止まりというデータがある。
この“アスリート遺伝子”とも呼ばれる
ACTN3 は筋スティフネスにも影響を及ぼしており,RR
型・RX 型の人の筋は
XX 型の人の筋よりも硬い。
【すなわち、RR
型・RX
型の人は,筋スティフネスが先天的に高く,スティフネスが高い筋は力伝達という面で優れているため,結果として優れた短距離走パフォーマンスを発揮できている可能性がある。(※ただしスティフネスが高ければ高いほど良いというわけではない)】
■骨格筋スティフネスと傷害受傷リスク
アスリートの競技パフォーマンスやキャリアを考える上で,スポーツ傷害(外傷・障害)の予防は極めて重要である。
特に,肉離れ等筋に関する傷害(以下:筋傷害)は,2016
年リオ五輪で起きた全スポーツ傷害の約
30%を占め,近年も増加しつつある。
肉離れが生じる理由として,スポーツの現場では未だ「筋肉が硬いから」と言われることが多いが,実のところそれを裏付ける直接的なエビデンスはない。
一方,筋傷害受傷頻度には性差が存在し,女性において受傷率が低いことが分かっている。また,筋スティフネスは女性の方が低いことも分かっている。
更に,女性ホルモンの 1
つであるエストロゲンの働きは,男女共にその特異的な受容体(エストロゲン受容体)の遺伝子多型によって調節される。
これらのことから筆者らは,エストロゲン受容体の遺伝子多型が筋スティフネスに影響を及ぼし,その結果,筋傷害受傷に対しても影響を及ぼしているのではないかと考え,研究に取り組んだ。
その結果,エストロゲン受容体遺伝子の
T/C
多型のCの塩基を有するアスリートでは筋傷害既往歴が低いことが示され,更に
C の塩基を 1
つ有するごとに筋傷害リスクが 3%低下することを明らかにした(図
3 左)。
また,筋傷害のリスクが低いCの塩基を有する者は,筋スティフネスが低いことが明らかになった(図
3 右)。
これらの結果は,エストロゲン受容体遺伝子多型のCの塩基を有する者では,筋スティフネスが低く,その結果として筋傷害受傷率が低いことを示唆している。
ただし,この研究は後ろ向き研究(retrospective
study)であるため,今後は,筋スティフネスと筋外傷受傷率の因果関係を明らかにすべく,前向き研究(prospective
study)が必要である。
『アスリートの骨格筋スティフネス』宮本直和
●ストレッチについて、その5
■筋緊張について
生体内での筋の固さは結合組織などの構造的要因に加え、比較的急性に変化しうる生理学的要因によって左右される。
【生理学的に筋が固い状態にあることを総称して筋緊張(muscle
tone)と呼ぶ。筋緊張は大きく粘弾性的緊張と収縮性緊張に分けられる。】
■粘弾性的緊張は筋の電気活動(EMG)を全く伴わない受動的なスチフネス(固さ)で、測定時の伸張速度や、伸張、短縮履歴に依存して著しく変化するといわれている。
これについて人の前腕の屈筋、伸筋についての報告がいくつかある。
手関節に正弦波状の振動(4Hz)を与えた場合、途中で大きな振動を数回与えるとスチフネスは低下し、大きな振動を与えないとスチフネスは増加した。
【長時間同じ姿勢でいたり、起床直後に体が固い(Static
Fixation)のは筋のこうした特性が関与している可能性がある。】
【またスチフネス測定の直前に短縮&等尺性の運動を行った場合はスチフネスが高い状態で推移したのに対し、受動的ストレッチ&伸張性の運動を行った場合ではスチフネスは著しく低下した。つまり受動的ストレッチ、伸張性の運動を行った場合に柔らなくなったということである。】
■一方、収縮性緊張とは特殊な生理的環境によって、不随意筋に緊張が高まることを指す。
極度のエネルギー欠乏状態などで筋内ADP濃度が上がるとクロスブリッジが離れにくくなる。このような現象は拘縮(contracture)、神経、筋系に持続的な興奮が続きEMGを伴う緊張が生じることを痙攣(spasm)と呼ぶ。
過度の伸張性筋力発揮後にはDOMSとともにスチフネス(固さ)は増大する。この場合には電気的活動(EMG)を伴うことから局所的な痙攣が起こっていると考えられる。
EMGを低減させるには受動的ストレッチがあるが、これは中枢の反射が関与していると考えられている。
静止状態の筋の緊張が高すぎること(hypertonia)は可動域を狭めたり、それ自体が運動の負荷になったりするが、緊張が低すぎること(hypotonia)も問題である。
パーキンソン病の患者ではhypertoniaのために自発的振動を起こすことができず、hypotoniaの場合はその振動が止まらずに持続してしまう。
■腱のスチフネス
腱のスチフネスは運動やトレーニングによって増大し、逆に不活動によって減少する。腱のスチフネスの変化は筋繊維の太さと相関があるため、機械的ストレスの増加に対する適応と考えることが出来る。
基本的には腱のスチフネスが増大すると(固くなると)、筋の収縮張力の伝達効率は明らかに高まるので、運動のパフォーマンスに対してもポジティブな効果を及ぼす可能性がある。
しかしながら短距離選手の筋腱複合体について超音波画像から腱組織のコンプライアンス(スチフネスの逆数)を推定すると、コンプライアンスの高い(すなわち柔らかい)選手ほど100メートル走の記録が良いという報告がなされている。
短距離などにおいては収縮時の筋のスチフネスと腱のスチフネスの微妙なバランスによって弾性エネルギーの再利用効率が高まり、「バネ」を利用した走行になり、そうではない場合と比べて記録が良いのではないかと考えられている。
『筋力をデザインする』
■まとめ
【粘弾性的緊張(安静時のクロスブリッジの結合)は筋を使用しない際にエネルギー消費を抑え、張力を維持するために、
収縮性緊張においては体に過度のエネルギー欠乏状態、興奮状態が続いたときにその機構をセーブするために行われている体の反応だと考えることが出来ます。】
【また短距離走など筋と腱のスチフネスの微妙なバランスが競技に大きな影響を与える場合は別として、筋力アップなどを目的にトレーニングする場合は腱のスチフネスは増大している状態のほうが張力を発揮しやすいと考えられます。
現在の段階で言える事は、運動やトレーニングを行う際には粘弾性緊張、収縮性緊張をある程度解いて(ウォームアップやストレッチなどの実施)、至適な筋バランス、筋緊張(感覚的な話になりますが)を作ってから、トレーニングを行いたいということです。】
●ストレッチについて、その6
■柔軟性の関与する因子
柔軟性を左右する因子は複数にあり、年齢差、男女差、過去の疾患、障害、筋力のレベル、体温、気分、ストレスレベル、個人の性格などによっても微妙に影響を受けるといわれている。
また骨格レベルにおいて、骨格そのもの、関節、靭帯、腱の形、関節にかかる腱の形の違い、過去の障害、手術歴、関節周辺にある筋肉量、関節周辺にある脂肪量などによっても柔軟性は左右される。
上で述べたうち後天的な因子を改善させることによって柔軟性を向上させることは可能だが、腱や関節の形、長さなどは変えることができない。
このことを把握した上で柔軟性について考えていこう。(幼少期に新体操やダンス、水泳などのスポーツを行うことによって骨格においての柔軟性を向上させることは可能だといわれている。)
■柔軟性の欠如と怪我の可能性
長時間にわたって可動域を制限した動作を続けていると筋肉が短縮した状態を作り出し、柔軟性を低下させる。
自転車に長時間乗り続けるなどが例に挙げられる。この状態を続けていると股関節(腰筋、腸骨筋)の筋が固まり、腰部の正常な湾曲が保てなくなり、脊柱の衝撃吸収能力が低下を招く。
この状態になると事あるごとに衝撃は関節にかかり慢性、急性に関わらず怪我を引き起こしやすくなる。これは股関節だけの話ではなく、ハムストリングスにも同じことが言え、大腿四頭筋などでは膝蓋骨周辺の柔軟性の低下、炎症の原因となる。
長時間にわたって可動域を制限した動作を続け、筋肉が短縮し凝り固まってしまう状態のことをStatic
Fixationと言う。
■ストレッチング中の強度
トレッチをどのくらいの強度で行うかは重要な因子の一つである。
空手やダンス、体操など関節の可動域を増加させるようなストレッチは高い強度で低ー中頻度で、トレーニング後に老廃物などを除去したり、筋肉痛を軽減させる目的で行うストレッチは低ー中強度で行う。
強度の低いストレッチは毎日行っても構わない。
■ストレッチングの継続時間
理想的なストレッチの継続時間はストレッチのタイプに変わる。
ダイナミックストレッチングでは動的な動きをするためどのポジションで何秒静止すると言うことはない。
スタティックストレッチング、CR法(収縮させた後伸ばす)でストレッチを行う場合は20秒から60秒を1セットとして行う。
通常、1部位につき1セットずつストレッチを行うとしても全身ストレッチしようと思ったら、ひとつの部位に2〜3分かけたとして、30〜40分はかかる。
どうしても時間がないという場合は、優先順位をつけて行うと良いだろう。
また怪我をしてリハビリ中の部位、自分が時間をかけるべきと思う部位に対してはトレーニングと同じで時間をかけ、入念に行うと良い。
リハビリ中の部位に関しては強度に十分気をつけること、この場合は強度を下げセット数を増やした方が効果的だろう。
■柔軟性とその特異性
1.関節の特異性
例えば、股関節の柔軟性を高めるためのトレーニングで他の関節の柔軟性は向上しない(結果的に関係してくることはあります)。当たり前だが、ストレッチは目的とする部位について行わなければならない。
2.ポジションとスピードの特異性
ストレッチの作用を最大限に得るために、ストレッチエクササイズはその特異性に沿って(実際の動作と同様の動きをすること)が理想的である。
例えば、ゆっくり長い時間行うスタティックストレッチ(静的ストレッチ)ではダイナミックストレッチ(動的ストレッチ)で刺激するような早く、高く脚を蹴り上げる(スウィングさせていく)動作の動きは向上できないし、逆にダイナミックストレッチで開脚のような関節の可動域を向上させようとする動作を行うには危険が伴う。
3.関節可動域を増加させるための一因となるウエイトトレーニング
今どれほど柔軟性があるかは別にして、ウエイトトレーニングは柔軟性の向上に良い作用をもたらす。
柔軟性を向上させるためには二つのポイントがあり、ひとつめは拮抗筋をバランスよく鍛えること、もうひとつはフルレンジ(全可動域)でトレーニングを行うことである。
●ストレッチについて、その7
■体温と柔軟性の関係
体温は関節の可動域を向上させようとするときにひとつの重要な要素となる。体温を上昇している状態では可動域は増し、逆に体温が低い状態では可動域は制限されてしまう。
ストレッチは、ある程度体温を上げた状態で行いたい。
体温を上げるには二つの方法がある。
ひとつはシャワーや風呂などによる受動的な方法、もう一つはウォーキングやエアロバイクなど筋肉を自ら動かして体温を上げる能動的な方法である。
【もちろん、後者の方が優れているといえる。なぜなら体のコアの部分から体温を上昇させていく能動的なウォームアップに対して受動的なウォームアップでは体の表面からしか温められないからである】
体温を上げないままストレッチから入ってしまうとかえって逆効果になってしまうことすらあるので注意したい。】
■ストレッチ前に行うウォームアップが必要な理由は二つある。
ひとつは先ほども述べたように体のコアの部分から体温を上昇させるということ、
【もうひとつは筋肉には揺変性(ようへんせい:チキソトロピー:少しかき混ぜるとゲル化状の物質が流動性のゾルに変わり、また放置しておくとゲルに戻る性質。)の性質があり、ウォームアップで体を動かすことによって筋肉を柔軟に動かせる状態にするということである。】
逆に言うと、ウォームアップが十分になされていないと筋、関節の可動域が十分に取れないので、筋温が低く筋肉が固まっている状態だと筋力も十分に発揮できない。
■湿度も柔軟性に影響を与える因子の一つである。
気温が20度で湿度が90パーセントである場合と、気温が20度で湿度が70パーセントである場合では前者のほうが柔軟性が向上するといわれている。
多くの専門家は湿度が上がることによって体温の上昇を活発化させ、これが柔軟性に影響を与えるのではないかと言っている。
■ストレッチング中の呼吸
ストレッチを行う際、それほど細かく気にする必要はない。ポイントとしては筋肉を伸ばしていく際に息を吐きながら行うということ、息を止めすぎないこと、この二点である。
あとは低−中強度であれば普通に呼吸しながら行えばいいだろう。
■DOMS(遅発性筋肉痛)予防のためのストレッチング
詳細なる結論はまだ議論中ではあるが、低−中強度のストレッチがDOMSの筋肉痛を軽減させるのに効果があるといわれている。
筋肉をストレッチ、またはマッサージすることによってトレーニング後に発生するヒドロキシプロリンや他の老廃物を取り除くのを助ける。
強度の高いストレッチは筋繊維や腱に微小な損傷を引き起こす。これは関節の可動域を広げるためには通るべき道なのだが、DOMSを軽減させる目的としては適切とはいえない。
したがってDOMSを軽減させる低−中強度のストレッチ、関節の可動域を広げるための高強度のストレッチは目的、タイミングによって使い分けるとよい。
■ストレッチのプログラミングと頻度
ストレッチは目的、タイミングによって強度、そしてストレッチの種類を適切に選択して行うべきである。
また行うスポーツによっても必要とされる柔軟性というものは異なるので、これも考慮したうえでストレッチを行わなくてはならない。
例えば、ダンス、格闘技、体操など柔軟性を必要とするので、関節の可動域を広げるための強度の高いストレッチが必要とされる。
一方でパワーリフティングやその他のストレングス系の競技では体が柔軟すぎても困ることが出てくる。
例えば、スクワットを行う場合、股関節が柔軟すぎるとしゃがみきったポジションのときに安定しない、投擲選手においては適度な胸の緊張(堅さ)があることにより、投げきる最後のポジションにおいてスムーズに弾性エネルギーを発揮できるといわれている。
行う競技にとって柔軟性が重要視される因子であれば、柔軟性に重点を置くトレーニングは準備期にほぼ完成させておくことが大切になる。
そして試合期にはその柔軟性を維持するようにすること、そして障害のある部位については一番最初に時間をかけて行うことがポイントである。
試合などがあると分かっているときには事前に逆算してトレーニングプログラムを作成し、ピーキングしていく前に柔軟性のパフォーマンスを最大にしておくと良いかもしれない。
■関節の可動域を向上させようとする際に行う強度の高いストレッチは、強度の高いトレーニング同様、結合組織や筋肉に負担をかけるため毎日行うべきではない。
強度の高いストレッチはせめて一日おきに行うべきだろう。(低−中強度のストレッチはDOMS軽減のため毎日を行ってもかまわないので、可動域向上のためのストレッチを行わない日は低−中強度のストレッチを行うとよりいいだろう。)
『ISSA
CFT Fitness the complete guide』ストレッチの項より
●ストレッチについて、その8
■ストレッチの危険性
【柔軟性は常に変化し続ける。可動性が全くない状態から、反対に関節の脱臼まで存在する。
両極にこれらの2つの状態があるが、個々に必要な柔軟性があれば、それがその個人の最適レベルである。】
ストレッチは危険を伴わないわけではない。しかし、特定のエクササイズによっては大きな危険性がある。
これらのエクササイズは
・ハードルストレッチ(片足もしくは両足)
・深い膝屈伸
・ランジまたはスクワット
・立位体前屈
・体幹を反らせたブリッジ
・立位での体幹の回旋
・宙づり
・肩を支持して立つことやプロウ姿勢
といったものが含まれる。
公共の運動施設ではこのようなエクササイズに近いものを実施するのは危険性を伴うこともあり賛成はできない。
競技選手とトレーニングする人々がこのようなこのようなエクササイズを行うことに対する主要な論議は、身体的要求、技術の必要条件、そして各競技特性などに関係する。
もしこれらのエクササイズをトレーニングプログラムに取り入れるとしたら、計画した適切な管理が必要である。
『柔軟性の科学』マイケルJオルター
■ストレッチには決定的な禁止というものがない
上記で述べた8つのストレッチは、ダンス、ヨガ、体操、格闘技、レスリングの練習では必要不可欠とされているものである。
ストレッチについては決定的は禁止はなく、全ては個々により、いくつかのエクササイズはできない人もあれば、できる人もいる。」ハロルド・B・ファルス医学博士
●最終的には個人差
身体の柔軟性は、皮膚緊張、筋緊張、筋繊維の長さ、数種の結合組織(筋膜、靭帯、腱)、関節の構造、トレーニング状況、技術レベル、ホルモン変化、温度、湿度、時間帯、性別、年齢、遺伝的素因、アラインメント不良、筋バランスなどによって左右されますが、
【ウエイトトレーニングと同じように柔軟性も、体力レベル(新しく獲得した可動域に対して自重を支えられるレベルの筋力がついてくること)の向上に伴って、少しずつできる動きが増えていきます。】
柔軟性が必要とされる競技を行う場合は、上記のストレッチが行えるレベルまで柔軟性を向上させる必要があると言ってもよいかもしれません。
●危険因子を減少させる方法は2つ。
いきなり難易度の高いものから始めると非常に危険ですので、まずはしっかりウォームアップを行った上で、安全かつ簡単なものから始めること。
もう一つは、優秀な指導者に習うことです。
【トレーニングと同様、ストレッチも習得するためには、正しい方法で継続する必要があります】から、闇雲にやるよりは、自分の身体の状態を知り、その上でどこをどうすれば良いか、まずは教えてもらったほうが効率的ですし、何より安全です。
●ストレッチについて、その9(ストレッチ前のウォームアップについて@)
■ウォームアップと体温
《※以下すべて重要》
【ウォームアップを10〜20分間行って中枢温を38.0〜38.5℃,筋温を39.0〜39.5℃程度に上昇させて,数分の休憩をとったときには運動能力が向上している.
ウォームアップにより体温が上昇すると神経の興奮伝
達速度は速くなり,体温の1℃上昇当たり,代謝量は13%増加し,呼吸循環機能が促進する.】
【筋の血管は拡張し,血液の粘度は低下して筋血流量は増加している.ヘモグロビンに結合している酸素はボーア効果により離れやすくなっており,組織での酸素消費量は増加する.】
【環境温が低いほどウォームアップに要する時間は長くなる.
休憩中に防熱度の高い被服を着用するとウォームアップの効果が長く維持される.】
■ウォームアップと発汗
発汗には
・体温上昇時にみられる温熱性発汗
・精神的興奮による精神性発汗
・味覚刺激時に顔面に起こる味覚性発汗
の区別がある.
【運動時において,体温調節に有効に働く発汗は温熱性発汗である.】
温熱性発汗は安静時では寒冷環境あるいは快適環境より急に暑熱曝露を行なった場合,発汗は一定の潜時の後、手掌,足底以外の全身の皮膚よりほぼ同時に起こる.
【発汗潜時は20分,ときには30分にも及ぶことがあるが,発汗潜時は暑熱馴化により短縮するので冬では長く,夏は短い.】
運動を行うときには,発汗は運動直後より全身に起こる.運動時の発汗は温熱性発汗と精神性発汗が同時に起こっているとされている.
運動時の発汗の促進は体温上昇のほか骨格筋や腱,関節などからの求心性インパルス,血液の二酸化炭素分圧,体液の浸透圧,アドレナリン等のホルモンなど多くの非温熱性因子が関与しているものと思われる.
運動時の発汗量は,運動強度および直腸温が高いほど,また環境の暑熱負荷が大きく皮膚温が高いほど多くなる
『環境温と運動』堀清記
■ウォームアップすることに関連したメリット
・体温と組織温度の上昇
・血管床の抵抗が減少することで、活動筋の血流量が増加
・心拍数の上昇と、それにともなう運動適応のための心肺循環系の準備
・代謝率の上昇
・ボーア効果の上昇(ヘモグロビンの酸素放出の促進)
・神経インパルスの伝達速度の上昇による身体動作の促進
・相反性神経支配の効率の上昇(拮抗筋と収縮と弛緩がより速く効率的に)
・身体作業能力の上昇
・結合組織と筋肉の粘性(あるいは抵抗)の低下
・筋肉の緊張の減少
・結合組織と筋肉の伸展性の向上
・心理状態の向上
(Bishop,
2003; Goats, 1994; Hemmings et al. 2000; Karvonen, 1992; Whelan et
al. 1999; Verkhoshansky and Siff, 1993)
『柔軟性の科学』より
●寒くなってくると身体が温まるまで時間がかかります。
全くアップしない状態でいきなりトレーニングに入ると怪我もしやすいですし、循環していないと効きもあまり良くないですし、出力も出にくくなりがちです。
ウォームアップの目安としては、温熱性発汗する程度で良いと思いますので、よほど薄着で、ジムの気温が低くない限り(20-25℃程度であれば)5-10分程度もアップすれば十分かなと思います。
温まりにくい方は、ウォームアップ段階では上に一枚羽織っておいたほうが早く温まるかもしれません。
身体は一旦温まってしまえば、よほど途中で中断しない限り、冷えることはないと思いますので、これからの時期は特にウォームアップを取り入れてみてください。
ちょっとだけめんどくさいかもしれませんが、得られる恩恵は多いですよ。
追伸:
持久的競技ではウォームアップによるパフォーマンスの向上得られにくく、過度のウォームアップはパフォーマンスを低下させる可能性がありますので、やりすぎにご注意を。
●ストレッチについて、その10(ストレッチ前のウォームアップについて、そのA)
■静脈血還流と四肢の関係性
【心臓は動脈血を末梢に送り出す能力は高いが,静脈血を末梢から心臓まで還流させる能力は低い.】
静脈還流が十分でないと拡張期に心室の充満が不十分となり1回
拍出量が少なくなり,必要な心拍出量を確保することが困難になる.
したがって,血液循環を円滑かつ十分
なものにするためには,心臓の拍出機
能に加えて,静脈血の還流を確保しなければならない.
【静脈血還流には四肢等の筋の収縮
・弛緩に伴う筋のポンプ作用が大き く関与している.
このことは運動時のように多くの心拍出量を要する場合に特に重要であると考えられる.】
■筋ポンプ作用とは
【四肢の筋肉の収縮
・弛緩を反復させた時に,静脈弁の働きとあいまって静脈血を心臓に押し返す作用をいう.
血液を押し返した後の弛緩期に筋肉内の静脈圧が下がり,したがって灌流圧
が増大し筋血流量が増す.】
【立位姿勢では,下肢は静水力学的作用を受け,壁内外圧差が増大し,静脈血が多量に貯留するため,この筋ポンプ作用がより効果的に働くことが知られ
ている.】
『筋ポンプが血液循環動態に及ぼす影響』西保岳*池上晴夫**
●ウォームアップの方法なのですが、個人的なオススメはジョグです。
ウォーキングや自転車より下腿への刺激(筋ポンプ作用)が大きく、ランより身体への負担(膝など)も少なく、エネルギーの消耗も大きくないので。
●ストレッチについて、その11
■まとめ
・総ストレッチ時間が46秒以上になると筋力低下の可能性が非常に高くなるが、ストレッチ後の筋力低下の持続時間は短く、5分間の静的ストレッチングを行っても、筋力の低下は10%程度で、その影響は10分程度である。
(ストレッチについてその1参照)
・ストレッチを行う際は、静から動、狭い可動域から大きな可動域に段階的に進めていく。そのほうが怪我のリスクも少なく、少しずつ使える可動域を広げていくことが出来る。
(ストレッチについて、その3参照)
・短距離走など筋と腱のスチフネスの微妙なバランスが競技に大きな影響を与える場合は別として、筋力アップなどを目的にトレーニングする場合は腱のスチフネスは増大している状態のほうが張力を発揮しやすいと考えられる。
運動やトレーニングを行う際には粘弾性緊張、収縮性緊張をある程度解いて(ウォームアップやストレッチなどの実施)、至適な筋バランス、筋緊張(感覚的な話になりますが)を作ってから、トレーニングを行いたい。
(ストレッチについて、その5参照)
・ストレッチ前のウォームアップはできれば体のコアの部分から体温を上昇させていく能動的なウォームアップが好ましい。
(ストレッチについて、その7参照)
・ウエイトトレーニングと同じように柔軟性も、体力レベル(新しく獲得した可動域に対して自重を支えられるレベルの筋力がついてくること)の向上に伴って、少しずつできる動きが増える。出来ることから始めること。
(ストレッチについて、その8参照)
・ウォームアップは、気温にもよるが、軽く汗ばむ程度、疲れない範囲で。
ウォームアップを10〜20分間(温まれば5-10分程度でも十分)行って中枢温を38.0〜38.5℃、筋温を39.0〜39.5℃程度に上昇させて、数分の休憩をとったときには運動能力が向上している。
(ストレッチについて、その9参照)
・血液循環は、静脈血還流を利用した方が効率が良い。静脈血還流は、立った状態で、四肢の筋の収縮・弛緩を伴うものがよいかもしれない(筋ポンプ作用)。
(ストレッチについて、その10参照)
●という感じで、具体的には、
@5-10分程度のウォームアップ。
A短縮した部位の静的ストレッチ、伸張した部位の収縮。
B軽めのダイナミックウォームアップ(ex:指の曲げ伸ばし、手首回し、肩回し、膝上げ、ランジ各方向、自重カーフレイズ、ツイスト、ジャンプ、スクワット、首回しなど)
C軽めの重量からトレーニングのウォームアップセット
Dメインセット
という流れで進めてみると怪我の防止、パフォーマンスの向上など、色々恩恵が得られるかもしれません。