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筋の損傷−「損傷の定義」−

運動中の負荷が組織に及ぼす影響はストレイン(strain:外部からの負荷に対する構造の変形)とストレス(stress:ストレインに対する内部の抵抗)として捉えることができます。

ストレインを決定する因子は強度、ボリューム、頻度、回数など、ストレス反応とは損傷を受けた組織の炎症反応や変性を引き起こす生体防御反応です。

筋の損傷には大きく三つに分類されます。

TypeI: 打撲や肉離れとは異なり血管に損傷を伴うことはないが、筋原繊維や周囲の結合組織に微細な損傷を引きおこす(DOMS)。TypeIの損傷は高強度での伸張性筋活動を行った際に生じやすく、組織学的には筋の微細構造の乱れがZ帯を中心に(場合によってはA帯に)、一本の筋繊維全体にわたってではなく筋繊維の一部に生じる。

現在のところ伸張性運動によって筋損傷が引き起こされるメカニズムの詳細は明らかになっていないが、筋節の過伸展によって引き起こされる可能性(ポッピング筋節説)と筋細胞内膜系を含む興奮収縮連関のどこかに損傷が生じている可能性(筋細胞内カルシウムイオンの恒常性の破綻)が考えられている。

筋収縮にカルシウムイオンは必要だが、カルシウム濃度が高くなりすぎると筋細胞自体を壊死させるシステムが働いてしまうことは興味深い。

伸張性筋活動では細胞内膜系/細胞骨格の損傷などの一次的損傷、それに伴う炎症反応が二次的損傷として生じる。

TypeII: 筋繊維が数本断裂(1度)、筋周膜の損傷を伴わないより多くの筋繊維の断裂(2度)、筋周膜の部分断裂を伴う多くの筋繊維の断裂(3度)、筋と筋周膜の完全な断裂(4度)による急性の痛みを伴うもの

TypeIII: 筋痙攣など運動中や運動直後に生じる痛みを伴うもの


筋の再生メカニズム

筋損傷がどのような原因で生じたかには関係なく、変性−再生過程が引き続いて起こり、この過程で一連の炎症反応が重要な役割を果たします。

筋の再生を制限する因子として筋衛星細胞(サテライトセル)の数、神経再支配、血流の回復などが挙げられます。

筋繊維が再生するには、休止期にある単核の筋芽細胞あるいは筋繊維細胞が活性化し、増殖、分化、融合して多核の筋管細胞となったあと、さらに分化し、神経支配を受け、成熟することが必要になります。

筋細胞に分化することができる細胞としてまず挙げられるのは筋衛星細胞(サテライトセル)であり、これが筋の成長や損傷からの回復の主役であると考えられることは間違いないのですが、筋細胞外の様々な細胞や損傷した筋細胞の筋核などが筋前駆細胞になる可能性も指摘されています。ラットの実験においては筋繊維や血管内皮細胞、脂肪細胞にもサテライトセル以外に多分化能をもった新しい幹細胞があることも報告されており、筋損傷−再生過程に関与している可能性が高いといえます。

サテライトセルは基底膜と細胞膜の間に位置し、通常は休止期にありますが、成長や筋損傷に伴って活性化されます。

サテライトセルの活性化には免疫系の細胞やそれらが放出するサイトカインなどの因子(白血病阻止因子:LIF,IL-6、血小板由来増殖因子:PDGF、インスリン様増殖因子:IGF、繊維芽細胞増殖因子:FGF、肝細胞増殖因子:HGF、腫瘍増殖因子:TGF-β)や運動神経に由来する因子(神経伝達物質、ニュートロフィっク因子)、ホルモン(テストステロン)、一酸化窒素(NO)、サテライトセル自身が分泌する因子(IGF,FGF,HGF,TGF-β)など多くの因子が関与しているがその全貌は明らかになっていません。

筋繊維の再生は高密度の結合組織の形成によって阻害されます。損傷部位の固定は、組織部位の形成を抑制し、筋繊維の再生を促進するが同時に筋繊維の走行方向は必ずしも元からあった筋繊維の方向と一致しません。

損傷の程度にもよりますが固定の期間を一週間以上とした場合、筋萎縮につながる事が報告されています。ラットの場合には3〜5日間固定した後には患部を動かすことによって血流確保が高まり、再生筋の走行方向が定まり、伸張力も向上し、再生、回復が促進されることが知られています。

人の場合も損傷後、ある程度の安静期間は重要であるがむしろある時期からは適度に動かしたほうがよいとかんがられます。

筋損傷−再生過程と適応

●伸張性運動に対する損傷抑制効果

伸張性負荷によって損傷した筋は、その修復、再生過程を通して元の状態に戻るだけではなく「適応」すると考えられます。その顕著な例として伸張性運動に伴う筋損傷の程度は、初回に比べ二回目以降には軽減されます。これを繰り返し効果(Repeated bout effect)と呼びます。

例えば運動後の等尺性最大筋力の回復は1回目に比べて2回目で有意に早くなり、血漿CK活性値は2回目の運動後には全く上昇しません。遅発性筋肉痛においては二週間後の運動では顕著にその程度が軽減されますが、6ヶ月後では抑制効果は見られません。

筋損傷から回復が完了しないうちに伸張性運動負荷を与えた場合、更なる筋損傷は生じず、最初の伸張性運動からの回復が遅延することもありません。このような筋の損傷抑制効果についてどのような適応が起こっているかはまだ詳しくわかってはいませんが、神経系、結合組織、筋細胞それぞれで適応が生じている可能性が指摘されています。

現在のところ筋節数の増加が有力視されていますが、6ヶ月程度は残存すること、損傷が完全に回復しないうちから損傷の抑制効果が見られることから他のメカニズムがあることも考えられています。

また損傷部位での細胞骨格タンパク質の再構築、熱ショックタンパク質の発現など筋損傷抑制に関与している可能性も指摘されています。


筋発達にはどの程度の刺激が必要なのか?

筋を損傷させ、機能低下が大きければ大きいほど筋は強くなるとは言えません。

筋肥大効果の大きいといわれる伸張性の筋活動においても、伸張性の筋活動を繰り返している部位には、仮に最大の伸張性負荷をかけたとしてもDOMSが生じることはありますが、筋損傷はほとんど起こらないとされています。有効とされている伸張性運動においても繰り返し行っていると適応を起こし筋損傷が起こりにくくなるため、あくまで伸張性運動=筋損傷=筋肥大とはいえないということです。

また伸張性運動を行わず、短縮性運動、等尺性運動のみを行った場合にも筋肥大は認められます。

つまり、伸張性運動が筋肥大や筋発達に特別な効果を持っているのではなく、単に短縮性、等尺性運動より強い張力を加えられるため、筋の発揮張力の大きさが筋肥大の重要な因子であることが考えられます。DOMS、筋損傷は必須の因子ではないようです。

従って、筋発達においてはできるだけ大きな張力をかけ、成長に必要な必要最低限の刺激(強度&ボリューム)を与え可能な限り高い頻度でトレーニングを行うこと、そして一定の刺激ではなく伸張性、等尺性、短縮性問わず、バラエティにとんだ機械的ストレスを与えることが重要な因子になると考えられます。
 
 
 
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