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●やる気のメカニズム、その1

■やる気や頑張り"がリハビリテーションによる運動機能回復に 大切であることを脳科学的に証明

・脊髄損傷や脳梗塞の患者のリハビリテーションでは、意欲を高くもつと回復効果が高いことが、これまで臨床の現場で経験的に知られていた。

それとは逆に、脳卒中や脊髄損傷後にうつ症状を発症するとリハビリテーションに支障が出て、運動機能回復を遅らせるということも知られている。

しかし、実際に脳科学的に、“やる気や頑張り”といった心の状態が、運動機能回復にどのように結び付いているのかは解明されていなかった。

・今回、自然科学研究機構・生理学研究所の西村幸男准教授と京都大学大学院医学研究科大学院生(当時)の澤田真寛氏(現・滋賀県立成人病センター 脳神経外科)、理化学研究所・ライフサイエンス技術基盤研究センターの尾上浩隆グループディレクターの共同研究チームは、脊髄損傷後のサルの運動機能回復の早期において、“やる気や頑張り”をつかさどる脳の領域である「側坐核」が、運動機能をつかさどる「大脳皮質運動野」の活動を活性化し、運動機能の回復を支えることを脳科学的に明らかにした。

【この研究結果から、“やる気や頑張り”をつかさどる「側坐核」の働きを活発にすることによって、脊髄損傷患者のリハビリテーションによる運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられる。】

https://www.nips.ac.jp/sp/release/2015/10/post_306.html

図1. 脊髄損傷後の約1ヶ月でサルは、側坐核の働きも高まるとともに(側坐核↑)、大脳皮質運動野の働きも高まり(運動野↑)、手の巧緻性運動が機能回復しているが、側坐核を不活性化させると(側坐核↓)、大脳皮質運動野の神経活動が低下して(運動野↓)、再び手の巧緻性運動に障害が見られるようになった。




●やる気のメカニズム、その2

■情動の形

・心身相関(mind-body correlation)とは、三省堂・大辞林によると『心理と生理との作用が相関関係にあること。心に喜びや怒りを感じれば、身体にもそれに対応する状態が現れる類』と書かれている。

これは換言すれば、心の動きは身体の状態に影響を与え、身体的変化は心の動きに影響を及ぼすことであり、内的或いは外的刺激により大脳辺縁系で引き起こされた情動が自律神経系や内分泌系や免疫系に影響を及ぼし、さまざまな身体症状を引き起こすことである。

・大脳辺縁系は、喜怒哀楽などの情動の表出、食欲、性欲、睡眠欲、意欲などの本能、神秘的な感覚、睡眠や夢を司る部位の総称であり、帯状回や扁桃体、海馬、海馬傍回、側坐核などがこれに相当する。

この中で、扁桃体は特に情動反応と情動記憶の主要な役割を有している。すなわち好悪や快不快などの感情の処理や恐怖、記憶形成、疼痛、ストレス反応、不安反応や恐怖反応において重要な役割を有している。

また、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、内臓感覚や体性感覚など外的な刺激を嗅球や脳幹から直接的に受けている。

・うつ病発症の可能性として、強い不安や恐怖など緊張感が長期的に継続すると、扁桃体の過活動によって副腎皮質から分泌される糖質コルチコイド(コルチゾール)が分泌され、大脳辺縁系は大きな影響を受け、それが長期化すると神経細胞の萎縮が発症することにより、他の神経細胞との情報伝達に影響しうつ病が発症すると考えられている。

また、疼痛やストレス下では扁桃体が興奮するが、その扁桃体の興奮を前頭前野が鎮める役割を担っている。しかし、慢性疼痛やストレスが持続する場合、扁桃体の興奮が継続し疼痛が増幅されていくことになり、最近では慢性疼痛と偏桃体の関連も指摘されている。

■情動と慢性疼痛

見たもの触れたものや五感で感じたものが、自分にとって安全であるのか或いはとても危険であるのかを瞬時に評価することは、生きて行く上で欠かせないものである。

こうした感覚刺激に対する価値判断を行うのが扁桃体である。これは、情動が個体に生じた生存を脅かす事態に対応して生じる、自動的な結果として生存可能性を高める応答であると述べられている。

一方、疼痛は国際疼痛学会で『実際の、あるいは潜在的な組織損傷に伴う、あるいはそのような損傷に関連して述べられる不快な感覚的・情動的体験』と定義されている。

情動的体験とは、扁桃体や側坐核を含む大脳辺縁系や前頭前皮質、島皮質など意識や情動や報酬系に関与する部位の相互連絡の上に成り立っている。

このため、慢性疼痛に関しても当然扁桃体の関与が考えられ、不安や怒り恐怖や抑うつ状態下で慢性疼痛は持続し増悪することとなる。そのため、扁桃体の過活動を抑制することにより慢性疼痛を軽減或いは軽快することは理に適っていると思われる。

https://redcross.repo.nii.ac.jp/…

図1. 情動と感情と気分をそれぞれ異なった反応として位置付け、それを図で示してみた。

即ち、比較的緩やかに長く持続する気分(mood)の管状のトンネル(tube)の中で、感情(feeling)が positive な感情と negative な感情として揺れ動いており、生理的な反応である自律神経系、免疫系、内分泌系と行動的な反応である身体的変化を随伴する情動表出は伴わないものとした。

これに対して、情動(emotion)は腹内側前頭前野での感情コントロールを逸脱し、自律神経系、免疫系、内分泌系の強い生理的な反応と、情動表出を伴うものとした。

扁桃体が関与している情動の種類は、不安や怒り恐怖や抑うつなどの基本的な陰性情動と、嫉妬や困惑・罪悪感や恥辱などの高次の社会的な感情が存在するが、そのいずれの情動においても生理的な反応と、接近や回避、攻撃や表情などの行動的な反応を伴う。



●やる気のメカニズム、その3

■「根気」を生み出す脳内メカニズム

慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室の田中謙二准教授の研究グループは、マウスを用いた実験で、

【目標を達成するまで粘り強く行動を続けるには腹側海馬の活動低下が必須であること、その活動低下はセロトニン神経の活動増加が引き起こすことを明らかにした。】

意欲的に物事に取り組む、という意欲行動の背景には、@目標を設定してはじめの一歩を踏み出すことと(やる気)A目標の達成まで行動を継続すること(根気)の2つがある。

前者の脳内メカニズムについては、本医学部精神・神経科学教室の研究グループを始め多くの研究がなされてきたが、後者のメカニズムについては、現在まで解明されていなかった。

研究グループは、不安が高まると活動が高まることが知られている腹側海馬に注目し、意欲行動の継続と腹側海馬活動の関係を調べた。

【その結果、意欲行動の継続中は、腹側海馬の活動が抑制されていること、目標達成に至らずに行動をやめてしまうと腹側海馬の活動抑制が解除される(元に戻る)ことが分かった。

さらに、腹側海馬の活動抑制は、セロトニン神経の活動亢進によってもたらされることが判明した。】

【不安が強いと意欲行動に集中できず、安心が行動の持続・粘り強さをもたらして成功へと導くことは体験からも理解できるが、本研究成果はその根底にある脳神経細胞のメカニズムを解明した科学的根拠を世界で初めて提示するものとなる。】

https://www.keio.ac.jp/…/press…/files/2019/4/16/190416-1.pdf「根気」を生み出す脳内メカニズムの発見 −粘り強さは海馬とセロトニンが制御する−




●やる気のメカニズム、その4

■やる気が出ると目がさえるのはなぜ?

1. モチベーション(やる気)に関与する脳部位である側坐核において特定のニューロンを選択的に活性化すると、強く睡眠が誘発されることを発見した。【※側坐核にはアデノシン受容体が多数存在する。】

2. 同じニューロンの活動を抑制すると、睡眠量が減少(=覚醒量が増加)した。

3. 長期覚醒させてもこのニューロンの活動に変化はなかったが、モチベーションが上がる出来事が起こるとニューロンの活動が低下し、覚醒に至ることがわかった。

4. このニューロンの活動は睡眠覚醒の制御に重要であり、しかもモチベーションに応じて調節されることが明らかになった。

https://wpi-iiis.tsukuba.ac.jp/…/…/2017/10/pr20170929_jp.pdf

■2005年に裏出ら(現,筑波大IIIS)の研究グループは、遺伝子操作マウスにカフェインを投与して、カフェインの覚醒作用はA1受容体ではなくA2A受容体のブロックにより生じることを実証した。

続いて我々は、A2A受容体が大脳基底核と呼ばれる側坐核殻部にあることを発見した。

睡眠誘発に関与するのはA1受容体であると,多くの睡眠研究者が考えていたこともあり,これらの研究はとても注目された。また我々の研究により新たな睡眠システムが側坐核領域に別に存在することがはじめて示されたのである。

興味深いことに,側坐核というのは報酬や依存に関連することで有名な領域であり,脳の快楽中枢と言われることがある。

【私達は興味があること,やる気が起きることを始めると眠気が飛んでしまうことを経験するが,このような現象に側坐核が関与している可能性がある。

側坐核は覚醒や活気を促す物質であるドーパミンが強く作用する領域でもあり,カフェインにより覚醒作用が発揮され,また,活気がもたらされるのかもしれない。】

https://www.nestle.co.jp/…/as…/documents/nhw/interview12.pdf

図4. カフェインとアデノシン受容体

A2AR, アデノシンA2A受容体;D2R, ドーパミンD2受容体

私達が快活なときは側坐核でドーパミンが作用する(ドーパミンがD2Rに結合する)。カフェインは,アデノシンがA2ARに結合するのをブロックする。詳細はわかっていないが,カフェインは脳全体に及ぶ系を介して覚醒に影響している。




●やる気のメカニズム、その5

■内発的に生まれる意欲などない

「意欲とは何か」とよく聞かれますが、意欲を脳の中に探しても見つからない、これが脳研究から見た私の結論です。「やる気を出せ」といわれて出せるものではない。では、勉強や仕事に対してやる気がわくとか、意欲的になるというとき、脳では何が起こっているのか。答えははっきりしています。

大脳基底核の一部である「淡蒼球(たんそうきゅう)」から送り出された信号によって、モチベーションが高い状態になる。【重要なのは、淡蒼球を活動させるのが脳そのものではなく体だということ。同じ大脳基底核に位置する線条体から体への刺激が伝わるとき、この信号は同時に淡蒼球にまで達するのです。

運動野が体を動かし、実際に筋肉が動くと、この刺激が脳に戻ってくる回路があって、線条体を含めたループが形成されている。このループが意欲とかやる気と大いに関わりがあるわけです。】

最近は「脳トレ」がブームのせいか、皆さん脳を他人事のように自分から切り離して見ている気がします。少しは、脳の立場になって考えてみてほしい。脳の立場なんて、妙に思われるでしょうが、想像してみてください。

脳はひとりぼっちですよね? 固い頭蓋骨に覆われ、外の世界とつながっていないのだから。脳が環境のことを知る唯一の手掛かりは、体です。五官や手足の動きなど、体を通じてしか、今の状況を知る術がないのです。

【朝起きるのが苦手な人がいますけれども、しっかり目が覚めるまで待って、それから起き上がるというのはあり得ない。実際には体を動かすから脳も覚醒してくるのです。

だからどんなに眠くても、とにかく布団から出る。新聞を取りに行ったり洗面所で顔を洗ったりして、それでようやく頭が冴えてくる。論文を書くのも同じです。書き始める前は面倒に思っても、始めて5分か10分もすると気分が乗ってくる。ああいう状況のときに、淡蒼球が盛んに活動していると思ってください。】

https://berd.benesse.jp/…/backn…/2008_13/fea_ikegaya_01.html『やる気は脳ではなく体や環境から生まれるー「環境に存在する意欲」の捉え方ー池谷裕二』

■結論

何かを始める時にやる気が出ない場合は、どんな小さいことからでも良いので始めること。

行動をすることによって身体(筋肉)に刺激が入ると、その刺激が脳に戻って、やる気スイッチが入ります(運動野→側坐核(線条体の一部)→淡蒼球活性化)。

あとは、

・いつもと違う環境やいつもと違うことをしてみる(環境の変化→海馬への刺激→淡蒼球活性化)

・好きなこと、やりやすいことからやってみる(扁桃体で快と感じる→海馬の働きが高まる→淡蒼球活性化)

・何かをイメージして行う、なりきる(前頭葉を刺激→綿条体は前頭葉から行動とその関連情報を受け取る)

・ちょっとカフェインを取ってからやり始める(側坐核にはアデノシン受容体が多数存在→カフェインでアデノシン受容体をブロック→覚醒)

など試してみると良いかもしれません。