1)Ras‐MAPキナーゼ系
IGF、FGF、トランスフォーミング増殖因子β(transforming
growth factor-β,
TGF-β)、プロスタグランジンは成長因子とも呼ばれる増殖因子であり、局所の細胞で合成されて自身の細胞あるいは傍細胞に作用して細胞の成長、増殖、分化などさまざまな作用を引き起こす物質でその多くはポリペプチドである。
これらの増殖因子を持つ情報を受容するための受容体を増殖因子受容体(成長因子受容体、growth
factor
receptor)と呼ばれる。この受容体は細胞外に増殖因子を結合する部位と細胞膜を一回貫通する部分および細胞内部位から構成され、細胞内にチロシンキナーゼドメインを、TGF-β受容体ではセリン-スレオニンキナーゼドメインを持つ。
細胞膜受容体に成長因子が結合すると、受容体に連結あるいは連結していないチロシンキナーゼを活性化することで細胞内に情報が伝達される。このシグナル伝達経路をチロシン系と呼ぶ。
成長因子が受容体に結合すると、受容体細胞側のチロシンキナーゼが活性化されて受容体自身がリン酸化される(自己リン酸化)。続いてリン酸化されたチロシン残基をGrb2(growth
factor receptor 2)/Ash(abundant
SH)と呼ばれるタンパク質が認識して結合、さらにRasを活性化するGDP-GTP交換因子であるSOS(son of
sevenless)が結合する。
そしてチロシンキナーゼのシグナルはGrb2/Ash-SOSの複合体形成を介してRasを活性化し、そのシグナルはセリン-スレオニンキナーゼのひとつであるRaf1を形成膜に引き寄せて活性化する。Raf1はマイトジェン活性化プロテインキナーゼキナーゼ(mitogen-activated
protein kinase kinase,MAPKKあるいはMAPK-ERK
kinase,MEK)をリン酸化して活性化する(MAPKKのリン酸化酵素、MAPKKKとして機能する)。
MAPPKはMAPキナーゼ(MAPKあるいは細胞外シグナル制御キナーゼ、extaracellular
signal regulated
kinase,EPK)をリン酸化して活性化する。MARK(ERK)は分子量約40000のタンパクリン酸酵素で活性化に補因子がないという特徴をもつ。
哺乳類にはextracellular
signal regulated kinase 1(細胞外シグナル制御キナーゼ1、ERK1)とextracellular signal regurated
kinase2(細胞外シグナル制御キナーゼ2,EPK2)の二種類遺伝子ににコードされる二種類のMAPKが存在する。さまざまな真核細胞において、MAPKKK→MAPKK→MAP(ERK)というリン酸化のカスケード(MAPKカスケードMAPキナーゼカスケード)形成して、細胞膜から核への情報伝達において重要な役割を担っている。
MAPKは直接あるいは間接的にc-Fosやc-Mycなどの転写因子をリン酸化することでDNA合成を促進する。筋収縮や神経刺激によってRas-MAPK系が活性化され骨格筋の遺伝子発現、特に遅筋への分化に関与していると考えられている。
2)Pl3K-Akt系
またIGF-Tやインスリンのシグナルを伝達する仕組みとして、フォスファチジルイノシトール3キナーゼ(PI3K)-Akt系がある。IGF-Tやインスリンが受容体に結合すると受容体の自己リン酸化が生じる。その結果、インスリン受容体基質(insulin
receptor substrate,
IRS)がリン酸化部位を認識し、PI3Kに結合して活性化する。
PI3Kはフォスファチジルイノシトール三リン酸(PIP3)の産生を介してAktをリン酸化して活性化させる。
Aktはアポトーシスのシグナル伝達に関与し、生存シグナルの伝達において重要な役割を果たしている考えられる。このAktはmammalian
target of
rapamysin(mTOR)を介してP70/S6K1を制御している。
P70/S6K1のリン酸化を阻害すると筋細胞サイズの成長が抑制されることから、筋細胞の増殖や分化に関与していることが示唆されています。
3)カルシニューリン系
増殖因子により直接活性化されるシグナル伝達系ではないが、筋肥大に関わる細胞内シグナル伝達系にカルシニューリン系がある。カルシニューリン(calcineurin)はCa2+/カルモジュリンにより活動調節を受ける脱リン酸化酵素(フォスファターゼ)である。
例えば、心筋細胞では、細胞内Ca2+濃度の増加によりカルモジュリンにCa2+が結合し、その結果カルシニューリンが活性化される。活性化されたカルシニューリンは筋繊維のタイプの決定に大きな役割を演じていると考えられていたが、筋繊維タイプの制御だけでなく、筋細胞のサイズの制御にも密接に関係していると考えられている。
ただ否定する研究結果も出ていることから今後の研究結果が待たれるところである。
4)筋細胞による機械ストレスの受容
筋細胞には機械的(力学的)ストレスを感じ取る受容体あるいは受容機構が存在することが示唆されている。
機械的ストレスの受容体の一つとして形質膜を貫通した構造を持つ受容体の総称で、細胞側では細胞内マトリクスと、細胞質ではアクチンやビンキュリンなどの細胞骨格と連結しているインテグリンが知られている。
細胞骨格は他の端が核膜に連結していることから、細胞への機械的ストレスは核へ機械的ストレスとして直接伝達されることになる。さらに細胞外マトリクスは隣接する細胞にストレスを伝達することになる。
また機械的ストレスは直接機械的ストレスとして核膜へ伝達されるだけではなく、他のシグナルに変換されて核へ伝達される経路も知られている。代表的なものは、MAPキナーゼを活性化する経路であり、この経路において機械的ストレスを最初に受容するのはインテグリンである。
さらに形質膜の機械的ストレスの負荷により活性化するチャネル(strech
activated channel, SA
channel)がある。
このチャネルは陽イオンを選択的に通過させるものが多く,Ca2+やNa+がその代表例でK+がそれに続きます。また機械的ストレスにより細胞内のサイクリックAMP(cAMP)やイノシトール三リン酸(IP3)なども上昇することや細胞からATPを放出することでも知られている。
逆に機械的ストレスを受けて不活性化されるチャネル(strech
inactivated channel, SI
channel)の存在も知られている。
またストレッチに応答する遺伝子や関連遺伝子が骨格筋内に発現することが報告されています。さらにアンギオテンシンUによるアンギオテンシンUタイプ1受容体を介した系も、筋肥大に関与していることが知られている。
さてここで問題となるのは骨格筋細胞にとって機械的ストレスとはどんなものでどの程度のストレスがどこに加わるかである。骨格筋細胞では隣り合った筋細胞がすべて力発揮に関わるとは限らないことから隣接した細胞に引っ張られたり他動的に縮められたりするのだと思われる。また隣接する筋細胞が収縮すると筋細胞の直径が大きくなることが予想されるので圧力もかかるのではないだろうか。膠質浸透圧も機械的ストレスとなりうることが知られている。
5)筋細胞による化学ストレスの受容
機械的ストレスは筋細胞内にさまざまな化学的変化をもたらすことで、筋細胞の肥大を引き起こしている。つまり筋細胞の肥大は機械的ストレスではなくとも筋細胞内に肥大を誘発するような変化を引き起こす刺激であればよいことになる。
例えば、血流を阻害してトレーニングすることで低強度でも著しい筋肥大がもたらされる。
阻血により筋細胞への血流供給が抑制されるため、局所的な酸素分圧の低下や代謝産物の蓄積、一酸化窒素(NO)の放出、酸化還元状態が変化するなど、いわゆる非機械的ストレスがもたらされる。これらが筋肥大をもたらすストレスとして受容されていると考えられている。
また最近では筋細胞に化学的変化をもたらすという観点から温熱負荷トレーニングの研究が進められている。これまでに動物を用いたin
vivo実験系および、培養骨格筋細胞を用いたin
vitro実験系の両系においてあらかじめ筋細胞に対して温熱負荷を与えてからトレーニングした方が筋肥大を促し、逆に負荷除去に伴う筋萎縮も軽減することを確認している。
温熱負荷トレーニングでは温熱負荷によるストレス(熱ストレス)が筋細胞に受容される。その結果、筋細胞内ではストレスタンパク質(熱ショックタンパク質、heat
shock protein,
HSP)の発現が増加する。
HSPは分子シャペロンとしての機能を持ち、タンパク質の合成や損傷したタンパク質の修復を促進すると考えられている。またERKやAktなど細胞内シグナル伝達系も温熱負荷により刺激されることを確認した。
血流を阻害することで筋細胞内に負荷をかける加圧式トレーニングやこの温熱負荷トレーニングなど化学的ストレスを負荷するトレーニング方法は機械的ストレスのように血圧上昇などをもたらすことなく筋肥大、筋力増強、骨吸収の増加、筋力と骨塩量の低下を防ぐなどの意味から高齢者をはじめとしてスポーツ選手のリハビリ、宇宙飛行士などこれからの新しいトレーニング法として期待されている。
6)成長・老化と筋増量
骨格筋は生後発育に伴い機能的に分化・発達します。発育に伴う骨格の成長に応じて骨格筋もまた成長する。
骨格筋の形態的な成長は、 ●筋細胞の長さ ●筋細胞の太さ ●筋節数の増加 を伴う。
筋収縮の基本単位であるここの筋節(sarcomere)の長さは変化せずに筋節数の増加により筋細胞は長軸方向に伸張し、横断面方向に拡大(肥大)する。その結果、発育に伴って大きな張力を発揮できるようになる。
老化に伴って萎縮した骨格筋に対しての筋力トレーニングを行った場合でも筋肥大は認められる。90歳でも筋力トレーニングにより骨格筋が肥大することが確認されている。つまり筋力トレーニングという力学的なストレス負荷により細胞内におけるタンパク質合成の活性化および分解系の抑制、さらにサテライト細胞の融合が促進されたと考えられる。
またこの肥大は老化に伴って萎縮した速筋繊維に選択的に認められ、遅筋繊維の肥大率は小さい。一般に高齢者に対する筋力トレーニングは老化現象が進行しているため若齢者に比べて弱いと考えられるが、筋肥大に関わる因子は残っているので筋の増量は基本的にいかなる年代でも起こりうると考えられる。
「筋力をデザインする」より
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