●慢性作業関連性筋痛症(chronic work-related myalgia: CWRM)(職業病)のメカニズム、その1
■正しいトレーニングを行うに当たって、職業病や日常生活の癖による骨格筋、腱、関節の痛みや不快感は、明らかにトレーニングの質に悪影響をもたらします。
日常生活の癖であれば意識して気をつけるようにすればある程度の問題は解決するのですが、職業でどうしても使わないといけない場合は、対処が必要となります。
基本的には
1. 過緊張筋、短縮筋の弛緩、リラクゼーション
2. 関節調整
3. 弱化筋の活性化、強化
4. 異常運動パターン修正
5. 安定化エクササイズ、装具、テーピング
6. それを維持するための日々のトレーニング
などになります。この中のどれか1つではなく、すべて統合的に行って、盤石の体制にしておきたいところです。
【ひどいCWRMになってしまうと、時には10年以上の長期間痛みに苦しむことになると言われているので、慢性痛が起こってきたら早いうちに対処しておいた方が良いです。】
CWRMのメカニズムはまだまだ分かっていないことも多いのですが、現在分かっている範囲のメカニズム、研究、仮説などをまとめてみたいと思います。
■CWRMの生物物理的(人間工学的)要因
・高度の収縮
・時間制約、高い作業速度、高頻度の負荷
・反復性の単純動作
・長時間の静的負荷
・生体学的拘束(動かさないこと、デスクワークで座りっぱなしなど)
・高度の正確性を要求する弱筋収縮(手術や楽器の演奏など)
・非中立的姿位
・手や足からの振動
・苦痛を伴う作業
・重量物取扱作業
・短い反復性作業
・反復性動作の作業(農林水産、鉱業、製造業、建設業、卸売業、小売業、修繕業、ホテル、レストラン業など←ありとあらゆる仕事っていうこと)
■肉体的労働には筋活動が必要だが、過剰過ぎると機械的損傷を起こし、痛みの原因となる。また比較的弱い力で行う作業でも反復性に長時間持続すると筋疲労に繋がる。
それぞれ回復に十分な時間を費やせば身体はトレーニング効果により向上するが、十分でない場合は、筋疲労が痙攣、筋の変性変化などの機能的欠陥に繋がり、痛みが尾を引くようになる。
■筋の変性変化
・使いすぎて収縮した部位はどうなるかというと、
筋の持続的な収縮→アクチンとミオシンの結合を解除できなくなる→筋内部の血管を圧迫→酸欠→ATP欠乏→過敏性物質が痛みを誘発→交感神経の反射活動を高める→虚血(栄養供給低下→エネルギー供給源の低下)→筋硬結(きんこうけつ)(筋肉の硬いコリ)が出来る→固くなり怪我しやすくなる。
・使いすぎて収縮した部位の反対側の筋肉はどうなるかというと、
筋が持続的に引き伸ばされる→アクチンに接するミオシン頭部の数が少なくなる→収縮能力が落ちる→筋力低下→意識しにくい、力が入りにくい、効かせにくい→常に弛緩してしまい発達しにくくなる(※収縮している筋に引っ張られて弛緩しているため、まずは収縮している側を緩める必要がある)
『ストレスと筋疼痛障害』慢性作業関連性筋痛症 ホーカン・ヨアンソン
●慢性作業関連性筋痛症(chronic work-related-myalgia: CWRM)(職業病)のメカニズム、その2
■シンデレラ仮説
低張力による長期間筋収縮において、筋は全体では疲労しないようであるが、実際に収縮して力を生み出している筋繊維は疲労している可能性がある。
サイズの原理によると、低閾値の同じ運動単位が、最初に動員され、収縮を通じて活動的であり、筋弛緩時において最後に動員が終了する。
この現象は、シンデレラ仮説として提唱され、単純反復動作では、低閾値運動単位は過剰負荷がかかる傾向にあり、その結果として、カルシウムイオンの恒常性喪失と、変性過程が起こりやすい。
【このような繊維は『シンデレラ繊維』と呼ばれる。】
■筋疲労の過程は以下のような順序で進行する。
@筋内圧の上昇
A筋血流の低下
B栄養供給の低下
Cエネルギー供給源の低下
Dカルシウムイオンの取り込み現象
Eフリーラジカルの遊離増加
■シンデレラに対抗する防衛機構
長期間にわたって同じ筋繊維が使い続けられた場合、身体の防衛機構として
・筋肉の知恵(muscle wisdom):
(筋肉が疲労してくると、その部位を使わないように運動単位の発射頻度が減少する。)
・運動単位のローテーション、代替動員:
(同じ運動単位を使わないように、身体が異なる運動単位、筋繊維を使うようになる。)
・環境に適応して、S型運動単位支配の増加、筋繊維の遅筋化が起こる。
■運動単位の種類
運動単位とは、ひとつの運動神経によって支配されている数本から数百本の、ほぼ同じ性質を持つ筋繊維の一つのグループ。
・疲労抵抗性の高いS型運動単位
・速い収縮をするが疲労抵抗性の低いFF運動単位
・速い収縮をし、疲労抵抗性も高いFR運動単位
の3つの種類がある。
【年齢と共に、減少していくのはFF運動単位とtypell繊維(速筋)。
FF運動単位が死滅し、除神経状態となったタイプll繊維はどうなるかというと、S型運動単位が再支配し、運動単位のサイズを拡大し、再支配した筋繊維の性質をタイプl(遅筋)に変えてしまう。
一度、運動単位が再支配されてプロテクトがかかると他の神経は繋がれなくなるのと、支配筋繊維数が増えたS型運動単位の収縮速度は、正常なS型運動単位より遅くなる。】
●身体の防衛システムは本当に良く出来ているし、頑張ってくれている。
ただ、身体の声を聞かずにメンテナンスもせず、無理し続けると、身体はそのストレスに耐えられなくなり悲鳴をあげ、崩壊していく(元の状態に戻すのが困難になる)のも事実。
『ストレスと筋疼痛障害』慢性作業関連性筋痛症 ホーカン・ヨアンソン
『筋力をデザインする』吉岡利忠、後藤勝正、石井直方 編
●慢性作業関連性筋痛症(chronic work-related-myalgia: CWRM)(職業病)のメカニズム、その3
■筋疲労があまりに蓄積すると筋繊維が変性を起こす
・『Moth-eaten fibers(虫食い筋繊維)』
(ミトコンドリアの酵素であるNADH、SDHの活性を欠く部分の存在により特徴づけられる筋繊維。ミトコンドリアの欠如の証拠と解釈されている。)
・『毛細血管数低下』
(虫食い筋繊維が増加するの原因は、筋が常に収縮しているため、局所的な血液供給不全を起こし、筋繊維の酸素不足がミトコンドリアの構造と機能に変化を引き起こしているものだと推定される。)
・『Ragged-red fibers (赤色ぼろ繊維)』
(毛細血管数低下の代償的反応として、身体が毛細血管新生因子を出して、傷害を受けたミトコンドリアのエネルギー産生欠損に対抗していると考えられる。)
・『チトクロームCオキシダーゼ陰性筋繊維』
(チトクロームCオキシダーゼ欠損は、酸化的リン酸の効率低下→ATP再合成能力の低下を招く)※チトクロームCオキシダーゼは電子伝達の最終の反応をになう重要な酵素であり、この酵素の存在がゆえに好気呼吸が成立する。
■【これらの変性した筋繊維の増加は、CWRMの病理学的過程の進行を意味する。
それでも筋は、運動に対して高度に適応し、鍛えられ得る。運動とトレーニングによって、筋力や筋持久力だけでなく、コーディネーションや身体制御、姿勢制御能力も上達させることができる。】
●アスリートや競技者と強度や頻度、ボリュームは異なれど、健康のために、身体を整えた状態で、正しい方法でトレーニングを行うことは、本当に重要です。
トレーニングはそれだけ身体の仕組みに大きな正の影響を与えることができるポテンシャルを秘めています。
ただ、やり方を間違えば、余計に症状を悪化させる場合もあるので、《正しい順序(その1で書いた基本6つ)と正しい方法》でというのがポイントです。
『ストレスと筋疼痛障害』慢性作業関連性筋痛症 ホーカン・ヨアンソン